「考えないと分からない」が「見れば分かる」になるまで。続けることの強さ

楽譜とパソコン、ノートが並ぶデスク。「少しずつ、きっと変わる。」と書かれたstacking daysのアイキャッチ画像 暮らしの工夫

何かを続けることは大切だ、とよく言われます。

以前読んだ本にも、毎日の小さな積み重ねが、長い時間をかけて大きな成果につながっていく、という趣旨のことが書かれていました。

そのときも「確かにそうなんだろうな」と思った記憶があります。

でも最近、それを目の前で見せてもらったような出来事がありました。

昔は私が口を出していたのに

子どもは、長く楽器の習い事を続けています。

私も昔少し経験があったので、習い始めたころは楽譜を横から見ながら、

「ここはシャープだよ」

なんて口を出すこともありました。

まだ私にも分かる範囲だったのです。

ところが、それから何年か。

今ではもう、そんなことを簡単に言える状態ではなくなりました。

楽譜にはシャープもフラットもナチュラルも普通に出てきます。

私が見ると、

「これは……どの音だったっけ」

と、一度考えないと分からない。

でも、子どもは違います。

本人に聞いたわけではないので本当のところは分かりませんが、横から見ていると、どうも楽譜の見え方そのものが私とは違うように感じます。

私のように一つずつ数えて確認しているのではなく、パッと見て判別している。

いつの間にか、私が何かを教えるどころか、

「すごいね」

くらいしか言えなくなっていました。

続けると「考える」が「見える」に変わる

それを見ていて、自分にも似たようなものがないか考えてみました。

思いついたのは、パソコンのタイピングです。

文字を打つたびに、

「Aはここ」
「Kはここ」

なんて考えることはありません。

文章を考えれば、ほとんど同時に指が動きます。

ショートカットキーもそうです。

コピーをするときに、

「コピーだからCtrl+Cを押そう」

と頭の中で考えてから操作しているわけではありません。

いつの間にか、手が勝手に動くようになりました。

最初からできたわけではありません。

何度も何度も同じことを繰り返しているうちに、「考えてやること」ではなくなったのだと思います。

子どもにとって楽譜を読むことも、今はこれに近いのかもしれません。

大人は大人の速度でいい

もちろん、子どもの吸収力と大人の吸収力は違うと思います。

同じ時間だけ練習したからといって、大人の私が同じ速度で上達できるとは思っていません。

それに大人には、仕事も家事もあります。

体調が悪くて、今日は何もできないという日だってあります。

だから私は、

「毎日必ず○時間やる」

のような目標を立てるより、無理のない範囲で少しずつ続けるくらいでいいのかなと思うようになりました。

30分できた。

今日は10分だけだった。

今日はできなかったけれど、また明日やった。

それでも、長い目で見れば積み重なっていきます。

今は分からないことも、いつか

最近、新しいことを勉強していると、

「これは何度見ても分からないな」

と思うことがあります。

一つずつ考えながら、行ったり戻ったり。

昨日分かったと思ったのに、今日になったらまた怪しい。

そんなことも珍しくありません。

でも、子どもが楽譜を読む姿を見ていると、少し考え方が変わりました。

今すぐ自然にできなくてもいい。

何度も触れて、何度も考えているうちに、いつか「考えないと分からない」から「見れば分かる」に変わるものが、一つくらい増えているかもしれません。

タイピングだって、そうやって身についたはずです。

毎日、大きな成果を出さなくてもいい。

今日できることを、ほんの少し積み重ねる。

振り返ったときに、

「あれ、いつの間にかできるようになっていた」

と思えるものが増えていたら、それで十分です。

そんなふうに、これからも日々を積み重ねていけたらと思っています。

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